更新2015年01月01日/開設:2013年12月09日/作成:杉原健児
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「かんもん北九州ファンクラブ」会員有志の
子孫に残したい『ことば』
ー半永久公開・保存版ー
 「かんもん北九州ファンクラブ」は、1988年11月に設立され、ちょうど満25年となりま
した。発足当初は鉄鋼不況の真ん中で、都市の復興・再生を目指して暗中模索のときでし
た。本会はその応援団として、いろいろなエールを送ってきましたが、あれから25年経っ
た今、素晴らしい都市に生まれ変わりました。
 この会の発足当初から支えてきたメンバーも、25年の年齢が重ねられかなりの高齢にな
りましたが、この「ふるさと」を発展させて行こうとする活動は、世代を超えて綿々と続
けていきたいと思います。
 そこで、このコンセプトを先輩から後輩に伝えていきたいと考え「子孫に残したい『こ
とば』」として連ね、このHP上に残して置きたいと思います。後輩の皆さんが、これら
の『ことば』の真の意味をかみしめられ、素晴らしい日本・魅力あるふるさとを創り上げ
て行くための一助になれば、この上ない幸せに思います。
 内容は「ふるさと」に関する事柄に限らず、「良い国を創ろう」「平和な世界を目指そ
う」「人間としての生き方」など幅広い内容の「子孫に残したい『ことば』」を掲載して
行きたいと思いますので、多くの会員の方のご投稿をお待ちしております
            (HP開設責任者・事務局:杉原健児 sugihara-k@nifty.com)

<投稿記載事項等> @「タイトル」 A「子孫に残したい『ことば』」の本文(引用文は意味が変わらない範囲での編集あり) B:出典等/C:投稿者のコメント(投稿者のスタンス・感想等) 投稿者:D氏名(E卒業高校卒年/F過去を含む主な勤務先/G西暦生年)H投稿年月日 ●投稿者:かんもん北九州ファンクラブ会員限定 ※字数は1編@〜H全体で、35字×30行≒1000字以内(超過は事務局に要相談)



<008>…H2014.06.12

@タイトル:「人々に喜びを与えることを自分の喜びとせよ」  投稿者:D豊田千年(E西南女学院高校1960年卒/Fファイナンシャルプランナ―・             介護福祉士・宅建主任者・洋画家/G1941年生)
A本文:中村天風「人々に喜びを与えることを自分の喜びとせよ」
B出典:
中村天風関連書籍「哲人 中村天風」財団法人天風会京都支部編、p.84  参考書籍:「達人の知恵」「盛大な人生」「自分に奇跡を起こせ!」   「錬身抄」「哲人 中村天風」「運命を拓く」「君に成功を贈る」など多数。
C投稿者のコメント:  世界的スケールで活躍した天風の数々の名言に接する中で、思いがけなく私の 座右銘と同趣旨の一節を発見し中村天風のフアンになりました。この言葉はミッ ションスクールでの教育理念「感恩奉仕」と相通じるところがあり、一見何でも ない言葉ですが、くめども尽きない魅力のある言葉です。  私の中村天風との出会いは、主人の友人に護国寺にある天風のお墓にお参りに 行こうと10年前に誘われた時です。それ以来天風のスケールの大きさ、生きざま に心を奪われてしまいました。  1876年(明治9年)7月30日に現在の北区王子で生まれ、本名は中村三郎。  九州柳川藩主の流れをくむ家系の出で、当時父は大蔵省の要職に在り、王子の 官舎に印刷技師として来日していた英国人夫婦にかわいがられ、日常生活の中で 英会話を身に着けることが出来た。小学校を卒業後、福岡の親族に預けられ修猷 館に入学し、ここでも英語力を向上させた。  修猷館を中途退学後、玄洋社の頭山満に預けられ、その後30歳で結核を発病。 病気のため心を強くする方法を求め、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツと 答を求め続けるも、ついに確たる答は得られず、日本に帰途中、偶々カイロでイ ンドのヨガの聖人に出会い弟子入りし、ヒマラヤで2年数か月修業。帰国後日本 初のヨガ直伝者となり統一哲医学会を創設。また実業界でも活躍し、政財界の実 力者も多く入会し、現在でも「天風会」は存続している。  天風は1968年12月1日、92歳でこの世を去った。


<007>…H2014.05.30

@「自分が何ゆえ為さずに済むのか」  投稿者:D佐伯雅啓(E下関西高校1955年卒/F富士通梶^G1936年生)
A本文:  「何人(なにびと)かが当然それを為すべき筈である   それなら自分が何ゆえ為さずに済むのか」
B出典不明:
 当クラブ会員の安松正美氏がヨットOBOG同人誌「新・黄金の舵」第7号 の裏表紙に紹介された言葉です。
C投稿者のコメント: 日本では一般社会でも政治の世界でも嘆かわしい風潮がある。 「誰かが処理しなけばならぬ事があるが、自分はやらない」という風潮だ。 小さい事例ではタバコの吸い殻ポイ捨てがある。 それを誰かが掃除する必要があるが、捨てる本人は気にもしない。 これは躾の問題、育ちの問題かも。 大きい問題では千兆円を超えて増え続ける国の借金がある。 このまま行くと財政破綻し日本は破滅必至だが、それでも目先の景気対策優先、 財政出動の為として赤字国債を発行し続けている。 財界人もそれを歓迎している。 歴代政府の政治家や官僚達は、将来世代が借金を返す必要があると知りながら、 自分達は返済しようと努力しなかつた。 彼らに上記の「ことば」を問いたい。


<006>…H2014.01.25

@「仕事の報酬は仕事」  投稿者:D大鬼 諌(E小倉高校1959年卒/Fセントラル硝子梶^G1940年生)
A仕事をした報酬が賃金であるのは自明の理だが、金額で評価されると必ず不 満などが残るものである。従事した仕事自体に喜びを感じることこそが報酬で なければならない、これは金では買えない。従って「仕事の報酬は仕事」その ものでなければならない。
B出典:
藤原銀次郎の言葉であるが、土光俊夫や井深大ほか多くの実業家が引     用している。     
http://d.hatena.ne.jp/hito-kan/20100529/work_pleasantly     http://systemincome.com/6296     http://www.officejk.jp/article/13658775.html
C投稿者のコメント:  昨年暮れに京浜線の電車車中の広告の載っていた言葉だったが、際立って大 きく見えた。私はピンと突き刺さるものを感じた。調べた所、色々の意見の中 で「仕事の報酬は次の仕事に繋がるべきである」という意見があり、小生がピ ンと感じたものは当にこれであった。仕事に就くことは社会人となった全ての 人が必須のものである。収入の糧を得ることで家族を養い、子供を養育して我 が国の将来の発展に期すのであるから。  最近は仕事をすることで単にお金で趣味の世界に繋ぐ人も多くなっているが、 いずれにせよ「仕事の報酬は仕事」はいかなる人にも当てはまる重要の鍵を持 っている。仕事をすることで自分自身の信頼をかち取り、次の仕事に(あると きは継続であり、あるときは正規採用であり、あるときは昇進、昇格であり、 顧客との関係では新規契約となる)繋がることでなければならないということ である。  仕事が終った後で雇用している上司から労いの言葉と共に「明日も宜しく」 といわれる裏に信頼関係が築けたと思われるか、契約先であれば、「次も頼み ますよ」とか「こんな仕事はできませんか」と打診されるなどの信頼関係が構 築されたと感じられるかどうか、殆どは言葉にして表現されることは少ないが、 自らの心の中にこれを仕事に取り組むときの価値基準として持っていれば、自 らの心に終った後でも問うて反省することができるのである。  「仕事の報酬は仕事」を常に仕事に取り組む際の指標としてもち、着手する 時も終った後にもこのフレーズを価値基準におき「自分は信頼されるに価する 仕事ができたか」と自問し反省して、明日の仕事に繋げて欲しいものである。



<005>…H2013.12.27
@「一歩踏み出そう」
 投稿者:D灰原宣明(ノブ・ハイハラ)・米国在住(E戸畑中央高校1978年卒/F画家/G1959年生)

A灰原宣明「一歩踏み出そう」

C投稿者のコメント:
 アメリカで過ごして30年近くになりますが、日本に帰ってくると良く聞か
れるのは「どうしてアメリカ行きを決心したのか?」です。その時いつも説明
している言葉というのが「一歩踏み出そう」です。
 私は26才のとき、アメリカに渡りました。その当時私の回りで短期間でも
外国で暮らした事のある人は一人だけでした。実はその当時仕事のことで悩ん
でいて、自分のやっている事に強く疑問を感じていました。それで友人に話し
てみると、その友人が数ヶ月アメリカで暮らしていたという話しでした。
 外国で生活する等全く考えた事も無かった私にとては衝撃でした、というの
も中学から一貫して英語が最も苦手な教科だったのです。それからは寝ても起
きても、海外での生活とは一体どんな事何だろう、その先に何が有るんだろう、
言葉は?生活費は?とにかく疑問は出てくる一方です。
 そこでまた彼に相談してみると「大丈夫だよ」と言うこと、どうすべきか散
々悩んだ結果、私の出した答えは「やらずに後で後悔するなら、やって後悔し
た方がいい」と言う事でした。そしてアメリカに旅立ちました。
 もちろん、行った結果、後悔した部分も全くない訳ではありません、でも行
かなければ味わえなかった沢山の事を考えれば、「やっぱり行って良かった」
です。
 そこで、もし何かやって見たいけど決心がつかず悩んでいるのでしたら「バ
ンジージャンプ」を想像してください。バンジージャンプは理論上絶対安全な
のです、そして飛び出した後、空を飛んでいる感じは格別の物です。そんなす
ばらしい体験が出来るのに、上に立った多くの人は足がすくんで動けません、
でもやらなければいけない事は「一歩踏み出す」事だけなんです。
 たったそれだけの事でその先にはすばらしい感動が待っているのです。その
感動を味わえるかどうかは、あなたが一歩踏み出せるかどうかにかかっていま
す。


<004>…H2013.12.09
@俳句「水仙は八重より一重孤に徹す」西嶋あさ子作
 投稿者:D清水順子(E小倉高校)

A「水仙は八重より一重孤に徹す」

B出典:
この俳句は2010年1月4日付け朝日新聞の朝刊「天声人語」に取り
    上げられていたものです。

C投稿者のコメント:
 新しい年を迎え、世間が始動し始める≪仕事始め≫の朝。新春らしく清々し
い、また淑気にみちた新年に相応しい一句だと思いました。
 中七「八重より一重」の清楚でありながら凛とした花の姿もいいですが、
「孤に徹す」という下五にきりりとした心意気が感じられます。付和雷同しが
ちな自省の念をこめて、いつも心の奥に秘めておきたい≪言葉≫です。



<003>…H2013.11.21
@池間哲郎「北九州市の水道施設援助に敬意を表します」
 投稿者:D杉原健児(E小倉高校1953年卒/F鞄建設計/G1933年生)

A東南アジア諸国の首都で、ただ1か国だけ水道水を飲料として使えるのが、
カンボジァのプノンペン。その水質管理、水道施設を援助をしているのが北九
州市。その功績は世界に知れ渡っている。
 北九州市の偉業は見事。地方の一行政が一国の水を支える。まさしく日本の
誠実さ、優しさ、力の表れである。北九州市に敬意を表します。

B出典:
書籍「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」
    池間哲郎著、2013年8月初版発行、活逍Q社刊。P.37より。

C投稿者のコメント:
 著者は、アジア支援機構代表理事、アジアチャイルドサポート代表理事、
カメラマン、沖縄大学非常勤講師(国際ボランティア論)。
 北九州市の水道施設援助は現地の人たちに喜ばれている素晴らしい事業であ
り、同郷人として誇らしいことであり、北九州市に感謝したい。



<002>…H2013.11.16
@松下幸之助「日本よい国」
 投稿者:D杉原健児(E小倉高校1953年卒/F鞄建設計/G1933年生)
A花が散って、若葉が萌えて、目のさめるような緑の山野に、目のさめるよう
な青空がつづいている。身軽な装いに、薫風が心地よく吹きぬけ、かわいい子
供の喜びの声の彼方に、鯉のぼりがハタハタと泳いでいる。
 五月である。初夏である。そして、この季節にもまた、日本の自然のよさが
生き生きと脈うっている。
 春があって夏があって、秋があって冬があって、日本はよい国である。自然
だけではない。風土だけではない。長い歴史に育くまれた数多くの精神的遺産
がある。その上に、天与のすぐれた国民的素質。勤勉にして誠実な国民性。
 日本はよい国である。こんなよい国は、世界にもあまりない。だから、この
国をさらによくして、みんなが仲よく、身も心もゆたかに暮らしたい。
 よいものがあっても、そのよさを知らなければ、それは無きに等しい。
 もう一度この国のよさを見直してみたい。そして、日本人としての誇りを、
おたがいに持ち直してみたい。考え直してみたい。

B出典:
松下幸之助著「道を開く」鰍oHP研究所刊(初版1968年)、p.270より。
 HP:「日本よい国」構想の基本理念 〜人間観・国家観・歴史観の大切さ〜
     
http://www.yoikuni.org/idea.shtmlより。

C投稿者のコメント:
 日本の自然のよさ、長い歴史に育まれた精神的遺産、すぐれた国民的素質、
勤勉・誠実な国民性など、そのよさに感謝する日々を送りたい。そしてそのよ
さを、その原点である「ふるさと」から見直し、さらによい国にしていきたい。



<001>…H2013.11.16
@パール判事「日本の伝統・文化を守りぬいていただきたい」
 投稿者:D杉原健児(E小倉高校1953年卒/F鞄建設計/G1933年生)
Aその国が亡びるとき、その思想がまず崩される。しかも巧妙なる宣伝ーー映
画、ジャーナル、スポーツその他を通じてーーが張りめぐらされている。この
ワナにおちいってはならぬ。どうか日本の伝統の上にたち、伝統を通じていっ
さいを推進させていただきたい。
 インドは二百年間被征服者の立場におかれたが、ついにインドの文化は征服
されなかった。それと同様に、たとえ日本が植民地的なみじめな環境に立とう
とも、その文化だけは守りぬいていただきたい。西洋諸国の巧妙なる統治政策
にあざむかれてはならない。
 私はくり返していう。諸君の希望のごとくみえる、けんらんたる欧米の灯火
は、ときに、諸君の家を焼き亡ぼす火であることを。

B出典:
書籍「パール博士・平和の宣言」ラダビノード・パール著、
    田中正明編著、鰹ャ学館発行、P.129より。

C投稿者のコメント:
 パール博士は東京裁判の判事を務め、後に明らかにされた「パール判決書」
で東京裁判無効を宣言した。この「ことば」は、1952年10月25日東京大学にお
ける講演「再軍備、是か非か」の結びの部分である。
 英国等に二百年間征服されたが、武力を使わず自らの文化を 守り抜いたイ
ンド人が実感を持って、終戦7年後当時の日本の窮境に対して、思想・伝統・
文化を守れと友情を持ってエールを送っている。国や民族にとって一番大切な
ものは、誇りや文化であると強調している。
 日本の伝統文化の多くは「ふるさと」から生まれ、その原点は「ふるさと」
にある。戦後失ってきた大切な誇りや文化に慙愧の念を抱きつつ、心に突き刺
さる「ことば」である。じっくりと噛みしめたい。



<賛同・協力者> 「かんもん北九州ファンクラブ」会員有志:
(オブリゲーション無し)

新井修一郎・池田ひろ子・井崎淳一郎・井出悠子・内田青虹
梅原英毅・大鬼 諫・大嶋基司・鬼塚信子・小泉 朋
清水順子・末並純子・杉原健児・高木峰代・田中 悟
豊田千年・長崎新一・西山忠壬・灰原宣明・広瀬知也
藤城昌三・広瀬恵子・星野 修・三浦正壽・安成孝人
山口義夫・山本陽平。
(新)有田浩通・吉野文雄・吉田正典・村山 準・山極眞咲
五味秀人・佐藤政敏・加藤書久・仲津真治・小口ゆい
高橋正二・高尾幸宏・金田剛士・有田浩通・中原 孚
岡 一昭・利光国高・原田光久・千綿正機・倉本正洋
白鳥吉幸・永松弘充・山崎 朖・藤本きんじ・友田敦久
石原扶美子・水恒男・山下晋彦・佐伯雅啓・石井のり子
林 良雄・櫻井宏和・北田美郎・本田雅也・村上 隆
u田壽夫・長阪信子・竹内 裕・小田部 進・森 猛
上釜真一・紫雲幸一・甲斐秀治・本多忠夫。
(71名)













※ <賛同・協力者>の追加大歓迎です。事務局へお申し出下さい。
※「子孫に残したい『ことば』」への投稿を事務局へお送り下さい。
※投稿された方は<賛同・協力者>として氏名を掲載させて頂きます。
事務局:杉原健児(sugihara-k@nifty.com)



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<かんもん北九州ファンクラブのプロフィール>

@かんもん北九州ファンクラブHP


Aふるさと北九州市を考える会「世話人会」 1990年05月19日



寺門友子 重藤治子 下垣尚士 大嶋基司
真山 泰 上田哲儀 杉原健児 小村(北九州市) 今富正興
(会場:三菱商事渇議室/会場提供:脇谷政彦)



Bふるさと北九州市を考える会 (発足会 1988年11月05日)あいさつ



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